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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1533号 判決 1980年6月12日

原告

佐藤文一

被告

吉田明美

ほか一名

主文

一  被告梁貫勝は、原告に対し、金二六〇万七八九九円及びこの内金二三六万七八九九円に対する昭和五四年九月一二日から内金二四万円に対する本判決言渡の日からそれぞれ支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告梁貫勝に対するその余の請求並びに被告吉田明美に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告と被告梁貫勝との間においては、原告に生じた費用の三分の二を被告梁貫勝の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告吉田明美との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告吉田明美は金六五七万〇一〇六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を、被告梁貫勝は金六七三万〇一〇六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和五一年一〇月三〇日午後四時三〇分頃

(二) 発生場所 横浜市金沢区堀口一七番地先道路上(国道一六号線)

(三) 加害車 普通乗用自動車(千葉五六そ九四八三)

運転者 被告 梁貫勝

(四) 被害車 自動二輪車

運転者 原告

(五) 態様 前記道路を横須賀方面から横浜方面に向け進行する加害車が中央線を越えて反対車線に進入し、対向して進行してきた被害車に衝突し転倒させた。

(六) 受傷内容 頭部外傷、頸髄及び胸髄損傷、全身打撲

2  責任

(一) 被告吉田明美

被告吉田明美は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条本文による責任がある。

(二) 被告梁貫勝

被告梁貫勝は、被害車の進行車線を加害車を運転して横断しようとしたが、かかる場合自動車運転者としては、自車に対向して進行している反対車線上の自動車の走行に充分注視してその安全を確認して横断を開始すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と反対車線の横断を開始した過失により折から反対車線を走行していた被害車の前部に加害車前部を衝突せしめ、よつて本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条にもとづく損害賠償責任がある。

3  治療経過及び後遺障害

(一) 治療経過

(1) 入院期間 昭和五一年一〇月三〇日から昭和五二年三月二八日まで一五〇日間(磯子中央病院)。

(2) 通院期間 昭和五二年三月二九日から昭和五三年二月二八日まで約一一カ月間、実治療日数五六日(磯子中央病院)。

(二) 後遺障害

頭部外傷後遺症(昭和五三年二月二八日症状固定)。頭重、頸部痛、肩こり、背部のしびれ、悪心、吐気等の頑固な神経症状ならびに男子の外貌に醜状を残し、自賠法施行令別表等級の一二級一二号に該当する。

4  損害

原告は、本件事故によつて次のとおり損害を蒙つた。

(一) 治療費 金一六三万六七六〇円

原告は、昭和五一年一〇月三〇日から昭和五三年二月二八日まで磯子中央病院において入、通院治療を受け、その間の治療費として右金員を支払つた。

(二) 入院附添費 金四五万九九八四円

原告は、昭和五一年一〇月三〇日から昭和五二年三月二八日まで磯子中央病院において入院治療を受けたが、その間の入院附添費として右金員を支払つた。

(三) 入院諸雑費 金七万五〇〇〇円

昭和五一年一〇月三〇日から昭和五二年三月二八日までの一五〇日の期間について一日金五〇〇円の割合で計算した諸雑費。

(四) 通院交通費 金二二万四〇〇〇円

原告は、昭和五二年三月二九日から昭和五三年二月二八日までの間、病院への実治療日数五六日の往復にタクシーを利用し、その代金として一日金四〇〇〇円の割合による金員を支払つた。

(五) 頸椎用コルセツト代金 金三万〇四〇〇円

原告は、治療のため頸椎用コルセツトを購入し、その代金として右金員を支払つた。

(六) 逸失利益 金四二七万一一八五円

原告は、前記後遺障害によつて労働能力を一四パーセント喪失した。原告は、昭和五四年八月一三日現在満二〇歳であるから、平均的就労可能年齢である六七歳まで今後四七年間労働能力低下により毎年得べかりし利益を喪失し、その損害を昭和五一年度「賃金センサス」第一巻第一表男子新高卒労働者(二〇~二四歳)の平均年間給与額金一六九万六八〇〇円を基礎としてライプニツツ方式により年五分の割合により中間利息を控除し現価に引直して算出すると金一六九万六八〇〇円となる。

(七) 慰藉料 金二五〇万円

原告は本件事故による受傷の結果、長期の入・通院を余儀なくされた。その慰藉料は金一二四万円が相当である。さらに、原告は前記後遺障害を残存しており、その慰藉料は金一二六万円が相当である。

(八) 物損金 金一六万円

原告は、本件事故により自己所有の自動二輪車を大破され、右金員の損害を受けた。

(九) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟を弁護士に委任し、その報酬等として金五〇万円の支払いを約した。

5  損害の填補 金三一二万七三二九円

原告は自賠責保険金二五七万円(うち後遺障害補償費金一五七万円)、被告梁貫勝から金三〇万円、国民健康保険から高額看護費支給額金二五万七三二九円の支払いを受け、前記損害に填補した。

6  結論

よつて原告は、本件事故による損害賠償として、被告吉田明美に対して物損金一六万円を除く金六五七万〇一〇六円及びこれに対する不法行為後の訴状送達の日の翌日から支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告梁貫勝に対して金六七三万〇一〇六円及びこれに対する不法行為後の訴状送達の日の翌日から支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項の事実は知らない。

4  同4項の事実は知らない。

5  同5項の事実は認める。

6  同6項の主張は争う。

三  被告梁貫勝の抗弁

本件事故の発生については原告にも過失があるから過失相殺がなされるべきである。

1  本件事故の場所は道路の中央線寄りであり、原告は道路交通の原則として左側通行をすべき注意義務があるところ、これを怠つた過失がある。

2  被告は進路前方の交差点の信号機が赤信号であつたので右折を始めたところ、原告は交差点の赤信号を無視して交差点を通過し、本件事故現場において加害車と衝突したものである。

3  原告は、所定の制限速度で運転すべき注意義務があるところ、該制限を超えて運転した過失がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  責任

1  被告吉田明美

被告梁貫勝及び弁論の全趣旨を総合すると、加害車の登録名義は被告吉田明美になつているが、事実上の所有者は被告吉田明美の夫春雄であること、被告吉田明美は運転免許を有しないこと、被告梁貫勝が右春雄から加害車を借り受け本件事故当時運転していたこと等の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。右認定の事実によると、被告吉田明美は加害車の登録名義人ではあるけれども、加害車に対し、運行支配と運行利益を有していたものと認めるに十分でなく、加害車を自己のために運行の用に供していたものということはできない。

従つて、被告吉田明美に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  被告梁貫勝

成立に争いがない甲第一〇号証の二、六、一一、一二、一三、一六及び被告梁貫勝本人尋問の結果の一部を総合すると、被告梁貫勝は加害車を運転して国道一六号線(車道幅員一〇・一メートルで、中央線の表示がある。)を横須賀方面から横浜方面に向け進行し本件事故現場にさしかかつたが、進行方向から見て国道右側に開店していたソバ屋に立寄るため加害車を運転して反対車線を横断しようとしたこと、加害車の前には五、六台の車が停止していたため反対車線上の車の有無を十分確認することなく時速一〇キロメートルで横断を開始し、折から反対車線を走行していた被害車の前部に加害車前部を衝突させ、よつて原告を路上に転倒させたこと、被告梁貫勝は衝突して始めて被害車に気がついたこと等の事実が認められ、右認定に反する被告梁貫勝本人尋問の結果の一部はにわかに採用できない。

右認定事実からすると、被告梁貫勝は、反対車線上の自動車の走行に充分注視してその安全を確認し、対向車の進行を妨げないようにして横断すべき注意義務がありながらこれを怠り、反対車線に進入した過失があるから、民法七〇九条にもとづき原告に対し本件事故による損害を賠償する責任がある。

三  治療経過及び後遺障害

1  成立に争いがない甲第二ないし第五号証の一、二、第六号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は前記傷害の治療のため磯子中央病院に昭和五一年一〇月三〇日から昭和五二年三月二八日まで入院、昭和五二年三月二九日から昭和五三年二月二八日まで通院していた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  前記甲第六号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、主訴又は自覚症状として頭痛、頸部痛、肩こり、背部しびれ、四肢しびれ、悪心、吐気等の頑固な神経症状を残し、他覚症状及び検査結果として頸椎四、五、六椎間狭小、前屈制限、頸椎前屈時三、四辷り、顎に長さ三・五センチメートルの線状痕を残し、昭和五三年二月二八日症状が固定している各事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実を総合すれば、原告の後遺障害は自賠法施行令別表等級の第一二級第一二号、第一四級第一一号に該当するものと認めることができる。

四  損害

1  治療費 金一六三万六七六〇円

前記甲第二ないし第五号証の一、二によれば、原告は前記傷害の治療費として磯子中央病院に対し金一六三万六七六〇円を支払つた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告が主張する右治療費全額を本件事故と相当因果関係がある損害として認めるのが相当である。

2  入院附添費 金四五万九九八四円

原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし一〇及び原告本人尋問の結果によれば、原告は磯子中央病院の入院期間のうち、昭和五一年一〇月三〇日から昭和五二年三月二八日まで一二五日間入院附添人(家政婦)を頼み、その費用として金四五万九九八四円(但し、紹介手数料を含む。)を支払つた事実、また、前記甲第二ないし第五号証の一によれば附添看護を要する旨の医師の診断がなされている事実が各認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告が主張する右入院附添費全額を本件事故と相当因果関係がある損害として認めるのが相当である。

3  入院諸雑費 金七万五〇〇〇円

原告が主張する期間につき一日金五〇〇円の割合によつて計算した額を入院諸雑費と認めるのが相当である。

4  通院交通費 金一一万二〇〇〇円

前記甲第六号証及び原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、原告は通院した五六日は往復全部をタクシーに乗り、一日金四〇〇〇円を支払つたこと、通院当時原告は歩くと足がしびれる症状であつたけれども、電車を利用することは可能であつたことが認められるので、本件事故と相当因果関係を有するのは、京浜急行屏風浦駅から六浦駅までの乗車賃と、両駅から病院と自宅までのタクシー代と認めるのを相当とし、その額は往復金二〇〇〇円と推認されるので、その五六日分は計金一一万二〇〇〇円となる。

5  頸椎用コルセツト代金 金三万〇四〇〇円

原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は前記傷害の治療として、頸椎用コルセツトを金三万〇四〇〇円にて購入したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実と前認定の原告の治療経過と後遺障害の程度を併せ考えると、原告が主張する右頸椎用コルセツト代金を本件事故と相当因果関係がある損害として認めるのが相当である。

6  逸失利益 金一二〇万五七一八円

原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時満一七歳であり藤沢商業高校に通学していた事実が認められるから、平均的就労可能年齢である満六七歳まで今後四九年間就労可能であつたところ、前記後遺障害により労働能力を一四パーセント低下したこと、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五五年二月頃には歩行、駆け足にも何等の障害がない程度に回復したことが認められ、この事実と前認定の原告の後遺症の程度、症状固定時、年齢等を併せ考えると、原告の後遺症による労働能力喪失期間は症状固定時から六年と認めるのを相当とすること、そして右損害を、昭和五一年度「賃金センサス」第一巻第一表男子新高卒労働者(二〇~二四歳)の平均的給与額金一六九万六八〇〇円を基礎としてライプニツツ方式により年五分の割合により中間利息を控除した現価に引直して算出すると次の算式のとおり金一二〇万五七一八円となる。

(計算式)1,696,800(円)×0.14×5.0756=1,205,718(円)

7  慰藉料 金二五〇万円

本件事故の態様、原告の傷害、入・通院期間及び後遺障害の部位、内容、程度その他諸般の事情を斟酌すると、慰藉料を金二五〇万円とするのが相当である。

8  物損金 金八万六〇〇〇円

原告本人尋問の結果と前記甲第一〇号証の一四によれば、原告は被害車(自動二輪車)を金一六万円で購入し、使用期間一〇日間であつたこと、本件事故による破損の修理費に金八万六〇〇〇円を要すること等の事実が認められる。

五  過失相殺

原告は、指定された最高速度を守り(道路交通法二二条)、又道路・交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない(同法七〇条)義務がある。

ところで前記甲第一〇号証の一ないし一四、原告本人尋問の結果、被告梁貫勝本人尋問の結果の一部によると、被害車が進行していた国道一六号線の下り車線の幅員は五・一メートルであつたこと、本件事故当時、事故現場の上り車線には自動車が数台停車していたため、原告の進路右側の見通しが悪く、上り車線には他に進行車がなかつたにもかかわらず、中央線から一・八メートルの位置を、制限速度時速四〇キロメートルを超える時速五〇キロメートルの速度で進行していたところ、停車していた車の陰から右折して来た加害車の右前部に衝突したことが認められる。

もつとも被告梁貫勝本人尋問の結果の一部には、原告が交差点の赤信号を無視して進行して来たとの部分があるけれども、前掲証拠によると、本件事故の地点は、被害車が通過して来た交差点から三六・八メートル進行した位置であり、その間の上り車線に自動車が渋滞していたことが認められ、この事実によると、加害車の直前の五ないし六台車の車が未だ発進しなかつたからといつて、交差点の加害車、被害車の進行車線の信号機が赤であるとは断定できず、にわかに採用できない。

右認定の事実によると、原告は制限速度を守ると同時に、更に速度を落し、渋滞している反対車線との間をできるだけ離れて左に寄り、交通の安全を保つべきにもかかわらず、これが義務を怠つた過失がある。

被告梁貫勝の過失内容に以上の点を併せ考えると、本件事故の過失割合は原告が一割、被告梁貫勝が九割とするのが相当である。

原告の損害(合計金六一〇万五八〇八円)に対し右割合に従い過失相殺による減額をすると、原告の損害は金五四九万五二二八円となる。

六  損害の填補

請求原因5項の事実は当事者間に争いがないから、原告の前記損害に充当するとその残損害は金二三六万七八九九円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟経過、認容額等を考慮すると、被告梁貫勝に負担させるべき弁護士費用の損害は金二四万円とするのが相当である。

八  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告梁貫勝に対し、金二六〇万七八九九円及びこの内金二三六万七八九九円に対する昭和五四年九月一二日(訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである。)から、内金二四万円に対する本判決言渡の日から、それぞれ支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、被告梁貫勝に対するその余の請求並びに被告吉田明美に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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